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522 師匠コピペ1 sage New! 2008/07/07(月) 21:22:51 ID:Qa02XDyg0

654 怪物  「起」承転結   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:18:08 ID:JJl4aZ230
京介さんから聞いた話だ。

怖い夢を見ていた気がする。
薄っすらと目を開けて、シーツの白さにまた目を閉じる。鳥の鳴き声が聞こえない。
息を吐いてから、ベッドから体を起こす。静かな朝だ。どんな夢だっただろうと思
い出しながら記憶を辿ろうとする。すると「スズメは魂を見ることができる」とい
う話がふと頭に浮かんだ。どこかの国の伝承で、スズメは生まれてくる前の人間の
魂を見ることができるという。朝、スズメがさえずるのはその生まれてくる魂に反
応しているのだと。その魂がやってくる場所が空っぽになっていると、魂を持たな
い子どもが生まれて来る。そんな子どもが生まれる朝にはスズメはさえずらない。
だから、スズメの声の聞こえない朝は不吉さの象徴だ。
カーテンを開けると2階の窓から見える家並みはいつもと変わらない姿で、慌しい
一日の始まりの息吹がそこかしこに満ちている。
そう言えば今日は何曜日だっただろう。
目を閉じて、一秒数えたら、他愛もなくありふれた土曜日の朝でありますように。

その日、つまり憂鬱なる月曜日。学校への通学路の途中、道行く人々の群れの中で
ふと足を止めた。
視覚でも、聴覚でも、嗅覚でもなく、まだどれにも分かれない未分化の感覚が、街
の微かな違和感をとらえた気がした。
私にぶつかりそうになったサラリーマンが舌打ちをしながら袖を掠めていく。
色とりどりのたくさんの靴が、それぞれのステップで私を追い越していく。
その雑踏の中で私は、ギギギギギ……という古い家具が軋むような音を聞いた気が
した。
蠢き続ける人間の群れの中で身を固くする。




523 師匠コピペ2 sage New! 2008/07/07(月) 21:23:25 ID:Qa02XDyg0


655 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:21:13 ID:JJl4aZ230
夏が一瞬で終わったような肌寒さを感じた気がした。アスファルトから立ち上る、
降りもしない雨の匂いを嗅いだ気がした。
けれどそのどれもが幻だということもまた同時に感じた。
なにか本質的なものがそれらのヴェールの向こうに潜んでいるような、得体の知れ
ない嫌悪感が身体にまとわりついてくる。
道端のゴミ捨て場に集まっていたカラスが鳴いた。一羽が鳴くと他のカラスたちに
も伝播するように鳴き声が波のように広がる。
そばを通る何人かの人間がそちらを見た。
その声は求愛でも、縄張りを主張するものでもなく、ただ"何かを警戒せよ"という
緊迫した響きを持っている気がした。
けれど誰もそれに必要以上の関心を示さず、足を止める人はいない。
私もまた形にならないどこか遠くにあるような不安感を胸に抱きながら、それを振
り払い、学校への道を急ぐのだった。

何かがこの街に起こりつつある。
はっきりそう感じたのは次の日、火曜日の学校の昼休みだった。
「わたし、昨日怖い夢見た~」
昼のお弁当を早々に食べ終わり、どこか涼しいところで昼寝でもしようかと立ち上
がりかけた時にそんな言葉を耳にした。
教室の真ん中あたりで机を4つ並べてお昼ご飯を食べているグループだった。
その言葉に反応したのは、なにか理由があったわけではない。いわばカンだ。けれ
どその子の次の言葉を聞いた瞬間、私の中で何かがカチリと音を立てた。
「でもなんか~、どんな夢だったか忘れちゃった」
その音は鍵穴が立てる音なのか、それとも時計の針が綺麗な数字を指した音なのか。
私はドッドッドッ……と少しずつ早くなる鼓動をじっと聴いていた。



524 師匠コピペ3 sage New! 2008/07/07(月) 21:24:04 ID:Qa02XDyg0


656 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:25:29 ID:JJl4aZ230
「なんで忘れたのに怖い夢って分かんのよ」
「そういや、そっか~」
他愛のない会話が続き、彼女たちの話題は何の引っ掛かりもなく見る間に変わって
いった。
昨日・怖い・夢を・見た・どんな・夢か・忘れた・けど
その言葉を、私は今朝も聞いた。確かに聞いた。既視感ではない。
あれは歩いて登校する時の、通勤ラッシュでごった返す人の群れの中だった。誰が
話していたのか、顔も見ていない。ただその時、私は思ったのだ。
(そういえば私もだな)
今、まるで同じ言葉を耳にして私の中の動物的本能が不吉なものを察知した。
立ち上がり、教室を出る。外の空気が吸いたい。
廊下を上履きが叩く音が二重に聞こえた。誰かがついてくる懐かしい音。
でも私の行く後をいつもついて来ていた子は今、学校を休んでいる。近々転校する
のだと人づてに聞いた。小さな針が、胸の内側をつつく感じ。
「山中さん」
という声に振り向くと、目立たない顔立ちの小柄な子が立っている。
高野志保という名前のクラスメイトだ。少し前にある事件で関わってから妙に懐か
れてしまっていた。良い気分ではない。私は出来るだけ一人でいたい。
「あの……私も見たよ。昨日。怖い夢。占いとか得意なんだよね。山中さん。ちょ
 っと占ってくれないかな」
私は立ち止まり、顔を突き出した。
「急いでるんだ。また今度ね」
「あ、うん。ごめん」
踵を返してその場を立ち去る。
ああ。嫌なヤツだ。



525 師匠コピペ4 sage New! 2008/07/07(月) 21:24:45 ID:Qa02XDyg0


657 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:31:22 ID:JJl4aZ230
軽い自己嫌悪に苛まれながら私は急いだ。
どこに?
どこか、人のいない処に。

その日の夜、私は暇つぶしに妹の部屋にあったローカル情報誌を拝借し、自分の部
屋に寝転がって読んでいた。
テーブルの上のラジオからは知らない洋楽が流れている。
その雑誌を適当に飛ばし読みしていると、星座占いのコーナーで手が止まった。地
元では有名な占い師が持っている頁だ。行ったことはないけれど、街なかに占いの
店も出しているらしい。
その情報誌は月刊なので、ひと月分の運勢が星座ごとに並んでいる。星座ごとで、
しかも一ヶ月通じての運勢だなんて、血液型占いと同じくらい胡散臭い。
とりあえず自分の星座を確認して、それからもう一つの星座を読む。
こんなところがどうしようもなく女子高生っぽくて自分でも嫌になる。
その後、適当に前後の星座の運勢を読んでいると、どれもあんまり良くない書かれ
方をしているのに気がついた。
『じっとしているが吉』『外出は控えて』『大事なものを失う暗示?』『もう一度
考えて』……
星座の名前のすぐ横に5つの星が並んでいて、そのうち黒い星の数が多いほど運勢
が良いということらしいのだが、私の星座は星1つ。ほかの星座も1つとか2つば
かりで、3つというのが最高だった。
どういうことだろう。
天井を見ながら少し考える。
急にドアをノックする音が聞こえて、ドキッとした。
適当に返事をすると妹が廊下からニュッと顔を出し、いきなりこちらを指さした。
「やっぱりここだ。返してよ。まだ読んでないんだから」
雑誌をもぎ取られそうになるのを力ずくで押さえ込んで、「この占いのページって、
いつもこんな星のアベレージ?」と聞く。



526 師匠コピペ5 sage New! 2008/07/07(月) 21:25:25 ID:Qa02XDyg0


658 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:36:01 ID:JJl4aZ230
妹はじっとそのページを見つめ、「いつもはそんな低くないよ」と答えた。
星3つとか、4つとかが普通とのことらしい。
「えー、なにこれ、やな感じ。この星占いのオバハン、なんか嫌なことでもあった
 んじゃない?」
妹はそんなことを言いながら、力を緩めた私の手から奪取した雑誌をまじまじと読
み始めた。
「自分の部屋で読め」と追い出すと、なにか文句を言っていたが無視してベッドに
寝転ぶ。
"嫌なことがあったから、腹いせで読者の運勢を悪く書いてみた"
やはりどこか違う気がする。何故なら、悪くしないための警句ばかり並んでいたか
らだ。
ローカル誌か……
呟いて、それから目を閉じる。
いつの間にかウトウトしていたらしい。ラジオの音に目が覚めた。
『……え? どんな夢だったかなぁ。忘れたけど。怖い夢だったってのだけは覚え
 てんだけどね。まあいいか。ははは。じゃあ、俺もお仲間だったということで、
 次のハガキね。え~と、うちのオカン最悪です、エロ本整理されました、ってい
 きなりだなオイ』
ラジオに飛びついてボリュームを上げる。
けれどエロ本談義の次はこの夏コンサートでやって来る大物外人の話題で、その後
も二度と夢の話は出なかった。
やがてコマーシャルが流れ始め、地元のカジュアルショップの名前が連呼されてい
るのを聞きながら私は、この街で何かが起こりつつあるという正体不明の予感に、
足元を揺らされているような恐怖を感じていた。

怖い夢を見ていた気がする。
目覚まし時計を止め、あくびを一つしてから身体をベッドの上に起こす。




527 師匠コピペ6 sage New! 2008/07/07(月) 21:26:01 ID:Qa02XDyg0


659 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:41:16 ID:JJl4aZ230
いつもはエンジンの掛かりが遅い私の頭が、今は急速に回転を始める。
思い出せ。
どんな夢だった?
暗いイメージ。嫌な。嫌なイメージ。怖いイメージ。
テーブルに置いてあったノートを広げ、ペンを持つ。
コツ、コツ、コツ、と叩いてからやがてガクリとその上に突っ伏す。
駄目だ。
忘れてしまった。
やけに静かな朝だ。イライラする。リズムがない。リズムさえあれば思い出せたの
に。スズメだ。スズメはどうして鳴かないんだ。
いきなりドアをノックする音が聞こえた。
ドキッとする。するより早く、胸の中に、サッと赤黒い暗幕が掛かった気がした。
「煩いな、いま起きるよ!」
自分でも思わぬ大きな声が出た。
その向こうで、わずかに開いたドアから母親の驚いた顔が覗いていた。

その日の朝ご飯どき、母親に乱暴な言葉遣いを説教されて一層不機嫌になった私は、
学校でも朝からムカムカして気分が悪かった。
こちらに話しかけたそうな高野志保の遠慮がちな視線にもイライラさせられた。
水曜日の2時間目は美術だ。さっそくエスケープした私は、人の来ない校舎裏に直
行した。
煙草でも吸わないと、やってられない。
深く息を吐いて、白い煙が青い空に溶けていくのを見ているとようやく気分が落ち
着いてくる。
昨日から今朝にかけて起こったことを一つ一つ順番に考えてみた。



528 師匠コピペ7 sage New! 2008/07/07(月) 21:26:38 ID:Qa02XDyg0


661 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:45:25 ID:JJl4aZ230
いや、始まりは昨日ではない。怖い夢を見たという漠然とした記憶は、かなり前か
ら始まっていた。この夏が始まるころ、いやあるいはもっと前から、緩やかにそれ
は私の日常を侵食し、そしてこの街の中に染み込んでいたのかも知れない。誰にも
その意味を気づかれないままに……
3本目の煙草を箱から出した時だった。
突然キーンという耳鳴りに襲われた。まるで、周囲の高度が劇的に変わったかのよ
うだった。
(まずい。なにか起こる)
そう直感して、とっさに姿勢を低くする。全身を恐怖が貫いた。
けれどいつまで待っても何も起こらなかった。
恐る恐る身体を起こして、周囲を見回す。
地面にも、校舎の壁にも異変はない。空を見ても、さっきとなにも変わらない。入
道雲が高くそびえているばかりだ。
胸はまだドキドキしている。
そういえば耳鳴りがしたあの瞬間、どこか遠くで雷のような音が鳴ったような気が
する。目を閉じて耳を澄ましてみたが、今はもう何も聞こえない。
耳鳴りもいつの間にかおさまっていた。
「なんなんだ」
自分に問いかけて、それから出しかけた煙草を箱に戻す。授業に戻ろうかと考えて、
やっぱりやめることにした。さっきの耳鳴りがなにか反復性のもののような気がし
て、とっさに逃げ場のない教室には戻りたくなかったのだ。次に学校から抜け出し
てみようかと思った。それは素晴らしい思いつきに感じられて、いてもたってもい
られなくなり、学校の敷地から出るために塀をよじ登ることさえ苦にならなかった。
誰にも見つからず抜け出すことに成功した私は、川の方に行ってみるか、それとも
図書館に足を伸ばすか思案した。



529 師匠コピペ8 sage New! 2008/07/07(月) 21:27:19 ID:Qa02XDyg0


662 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:47:10 ID:JJl4aZ230
真っ昼間に制服だと目立つな、と思いながら歩いていると、遠くからサイレンの音
が聞こえてきた。
救急車の音だ。
そう思った瞬間、駆け出していた。
それはさっき耳鳴りがした瞬間に雷のような音が鳴った方角に向かっているような
気がしたからだ。その時にはどこから聞こえたのか分からなかったのに。
救急車のサイレンにキョロキョロとしている通行人を追い抜き、大通りを通り過ぎ
て、路地裏に入っていく。
10分ほども走っただろうか。
ざわざわとした人の気配が強くなり、角を曲がった時にその光景が飛び込んできた。
商業地から住宅地に少し入ったあたりの、寂れた2階建ての建物が並ぶ一角に救急
車の赤いライトがくるくると回っている。
周囲には割れたガラスが散乱し、何人かの人が頭や腕を押さえて道路に座り込んで
いた。野次馬がその周りをウロウロしている。
地面には血の跡がポツポツと落ちている。けれどそれ以上に私の目を惹くものが地
面に落ちていた。
石だ。
パチンコ玉くらいのものから、子どもの握りこぶし大のものまで大小様々な石が周
囲に散らばっている。
「落ちてきたって」「雹が?」「石だろ、石」「雹じゃないの」「空から落ちてき
たんだって」
そんな言葉が辺りを飛び交っている。
雹という単語を聞いて、思わず手に取ってみたがやはりそれは石だった。どこにで
もあるただの石だ。公園や校庭に転がっていそうな。
空を見上げたが、電線が一つ横切っているだけであとは飛行機雲一つない。




530 師匠コピペ9 sage New! 2008/07/07(月) 21:27:52 ID:Qa02XDyg0


663 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:50:33 ID:JJl4aZ230
その路地の100メートルくらい先まで、石が乱雑に道路に飛散している。ガラス
も建物の窓が石で割られたものらしい。よく見ると家の瓦屋根が割れているのも目
に付いた。
本当に石がこの晴れた空から降ったのか? 天気雨のように?
そんなことがあるのだろうか。
隕石という言葉が頭に浮かんだが、どう考えてもそんな大げさなものではない。
「どいてどいて」
道路につっ立っていると消防隊員に邪険にどかされた。救急車が出るらしい。
私は少し考えてから、その石を一つだけスカートのポケットに入れた。そして向こ
うからパトカーがやって来ているのに気づき、慌ててその場を離れる。
警察はまずい。平日の真っ昼間に高校の制服を着たままだったからだ。彼らは例外
なく皆お節介で、そして中高生のあらゆる非行が学校をサボることから始まると固
く信じている。
後ろ髪を引かれる思いでその路地を後にした私は学校に戻ろうかとも考えたが、5
秒で却下する。
しばらく路地裏を目的もなくうろうろしていたが、鋏を買うつもりだったことを思
い出し、近くの文房具屋に足を向けた。
そう言えばこの辺りは最近来ていないなと思いながら、ささやかな商店街を歩く。
その間も頭はさっきの石の雨のことを考えていた。
たくさんの目撃者もいるようだ。なによりあの割れたガラスや瓦屋根、そして怪我
をした人間がその証拠だ。石は降った。それは間違いないだろう。だがどこからか
なのか。それが問題だった。近くにもっと高いビルでもあればその上の方の階や屋
上からばら撒かれた可能性もあるが、区画上の規制でもあるのかそんな高い建物は
見当たらなかった。
飛行機?



531 師匠コピペ10 sage New! 2008/07/07(月) 21:28:24 ID:Qa02XDyg0


664 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 21:52:35 ID:JJl4aZ230
でも航路ではなかったはず。なにより飛行機にあんな石なんて積んだりするものだ
ろうか。ましてそれを落っことすなんて。飛行機雲も残っていなかったし。
「……」
集中しすぎて行き過ぎてしまったのでバックする。
その目立たない文房具屋には、何故か鋏がなかった。店のオバサンに聞くと「売り
切れ」とのこと。
「眉毛切る細いのならあるよ」という申し出を丁重に断り、店を出る。
近くにあったもう一つの小さな文房具屋でも鋏は置いてなかった。というか、他の
客もいなければ、店員もいなかった。何か万引きでもしてやろうかと思った後、や
っぱりやめておくことにする。
そんなに差し迫って欲しかったつもりもないが、鋏ごときが手に入らないとなると
なんだかムカついてくる。
ちょっと遠いがデパートまで足を伸ばすことにした。
幸いにしてそろそろ学校も昼休みになる時間だ。お節介な人に見つかっても言い訳
のしようがある。
大通りを抜けてデパートに着くと、さっそく雑貨のコーナーに向かう。
思ったより数が少なくてあまり選べなかったが、中でも大きめの使いやすそうなも
のを購入した。
何か食べて行こうかと思いながら、通りがかったフロア内の本屋に寄り道する。特
に探している本があったわけではなかったが、適当に巡回しているとその背表紙を
見た瞬間に思わず棚から抜き出して手に取った。
『世界の怪奇現象ファイル』
晴れた日に空から不思議なものが降ってくるという現象はどこかで聞いたことがあ
った。パラパラと頁をめくっていると、こんなタイトルの章があった。
≪空からの落下物≫





534 師匠コピペ11 sage New! 2008/07/07(月) 21:58:48 ID:uJkpQUk20


667 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 支援plz 2008/07/06(日) 22:02:59 ID:JJl4aZ230
その話題に思ったより頁を割いていて、ボリュームがある。本をひっくり返して値
段を確認した後レジに向かった。
昼ご飯は抜くことになった。

その日の夜、晩御飯を食べながら夕刊を読んでいると母親に小言を言われた。
「まるでお父さんね」
大半は聞き流したが、この一言が一番効いた。いつもは食べながら新聞を読むなん
てことはしないのだけれど、今日はどうしても気になることがあったのだ。なのに
この言われようはなんだ。「こんどお父さんが食べながら読んでたら、まるでちひ
ろねって言ってあげれば」と反撃したが、3倍くらいにして言い返されたので、も
う黙る。
『真昼の椿事? 石の雨』
他のローカル記事に埋もれていたが、そんな小見出しをようやく見つけた。
午前中のことだったから、やはり夕刊に間に合ったらしい。それは短い記事だった
があの路地に降った石の雨のことを取り上げていた。
軽傷者4名。被害にあった建物は13棟。
救急車に乗った人も大した怪我ではなかったらしい。
目撃者の談話が載っていた。
〔バリバリという大きな音のあと、急に空から石がバラバラと降って来た。最初は
 雹かと思った〕
音か。
私が聞いた気がしたのは、その音だったのだろうか。
〔住民も首を捻っている〕
そんな言葉でその記事は締めくくられ、結局石の雨の正体はわからないままだ。
「ごちそうさま」



535 師匠コピペ12 sage New! 2008/07/07(月) 21:59:20 ID:uJkpQUk20


668 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 22:06:01 ID:JJl4aZ230
と言って席を立つ。残した料理のことについて母親に小言を言われることは目に見
えていたので早足でダイニングを出ると、背中を追いかけてくる言葉を無視して2
階の自分の部屋に逃げ込む。
ドアを後ろ手で閉めるとテーブルの上に置いたままの紙袋を手にとって、『世界の
怪奇現象ファイル』を取り出し、ゴロンと絨毯に寝転んだ。つけておいた折り目を
目印に、目当ての頁をすぐに探し当てる。
≪空からの落下物≫の章にはこうある。
「にわかには信じられない話だが、この世には空から雨以外の奇妙なものが降って
 く来るという現象がある。それは魚介類やカエル、氷や石、それに肉や血や金属
 や穀物、そして紙幣など実に多種多様なものだ。それらは紀元前の昔より世界中
 で多くの人に目撃されており、この現象に興味を持った超常現象研究家チャール
 ズ・フォートにより『ファフロツキーズ(FAllS FROM THE SKIES)』と命名され
 た……」
そんな説明に続いて、具体的な事例があがっている。
カエルや魚が降ったというケースが多いようだ。
1954年イギリス、バーミンガムのサトンパークでは海軍のセレモニーの最中、
雨とともに何百匹、何千匹というカエルが空から降って来て見物人たちの傘にぶつ
かり、地面に落ちたあともピョンピョンと飛び跳ねていたという。
1922年フランスのシャロン=シュル=ソーヌでは、二日間にも渡ってカエルの
雨が降り続いたと当時の新聞が伝えている。
近年の例では1989年オーストラリアのクィーンズランド州で民家の庭に100
0匹のイワシが降ったとされる。
私はそんな膨大な事例の中から、石が降ったという記録を探し出していった。
1968年宮崎県の迫町で、ある薬局に小石に雨が降り、それが誰の悪戯とも判明
しないまま半年間も続いたという事例。



536 師匠コピペ13 sage New! 2008/07/07(月) 22:00:05 ID:uJkpQUk20


669 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 22:10:42 ID:JJl4aZ230
そして1820年イギリスのサウスウッドフォードでは、ある家に石の雨が降り、
通報によって警察官が配置される事態になったが、結局その石がどこからやって来
るのか分からなかったという事例。
1922年カリフォルニア州チコの町の片隅に降った石の雨は、その現象が数ヶ月
にも及んだが大学の調査チームにもその正体が分からなかった。
まだまだあったが、どれにも共通しているのは石の雨が広範囲に渡って降ったとい
うわけではなく、むしろ極めて狭い範囲に集中してたということだろう。
1820年小石川の高坂鍋五郎の屋敷だとか、1600年代ニュー・ハンプシャー
のジョージ・ウォルトンの屋敷だとかという記録を見ると、実にその個人に対して
石の雨という攻撃が行われているような感想を覚える。
まるでその家の持ち主に恨みを持つ人間の仕業であるかのような気がする。
石がどこから来るのか分からないと言っても、誰かが見張っている時にはその悪戯
を決行しなければいいだけの話だ。そして監視がない時を見計らって、物陰から投
石をする。
その場に居合わせない人間が考えると単純な構造に思えるけれど、実際はどうなの
だろうか。
その『世界の怪奇現象ファイル』には、このファフロツキーズ現象についてのいく
つかの仮説が紹介されていた。
チャールズ・フォートは地上からのテレポーテーションによって移動した魚やカエ
ルなどが大気圏中のある空間に蓄えられ、それが時に奇怪な雨となって地上に降り
注ぐのだと考えた。
他にもプラズマや空中携挙といった荒唐無稽な説もあったが、現実的に思えたのは
飛行機からの落下説と竜巻説だった。



537 師匠コピペ14 sage New! 2008/07/07(月) 22:00:53 ID:uJkpQUk20


670 怪物 「起」 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/06(日) 22:14:04 ID:JJl4aZ230
飛行機説はほとんどの落下物を説明しうる可能性を持っているが、個々の事例にお
いてその飛行機の目撃が否定されるケースが多く、魚介類の落下など時代的に飛行
機の登場の前後にあってもその出現パターンが変わらないように見える事例を解釈
し辛い。また、同じ場所に長期間に渡ってその現象が続くケースの説明にはならな
い。
竜巻説は地上の物体を空中に巻き上げて移動させ、別の場所に落下させるという現
実に観測されるありふれた自然現象なのでもっとも有力な説にも思える。しかしカ
エルばかりだとか、ニシンばかりだとか、トウモロコシばかりだとか、1種類の動
植物のみが落下することの説明となると苦しい。竜巻がそんなものを選り分けてい
るのならともかく、地上にあっては他の動植物や石や砂を同時に巻き上げているは
ずだし、海や川にあっては水と一緒に水中の生物を種別に関わりなく吸い上げてい
るはずだからだ。空中に上ったあとで、その空気抵抗に応じた落下のタイミングが
それぞれ同じ種別を自然と振り分けるのではないかというもっともらしい解釈もあ
るが、やはり同じ場所に降り続けるケースの説明が出来ないし、周囲数百キロ圏内
にその動植物が存在しないというケースも多々あるのだ。
そんな解説をつらつらと読んでいて、思った。
個々のケースを同じ現象で説明しようとするからややこしいんじゃないかと。
これは竜巻、これは飛行機、これはイタズラ、そしてこれは嘘。
そんな風に分けて考えれば、案外シンプルなんじゃないか。
立ち上がり、壁に掛けたスカートのポケットを探る。
そして昼間にあの路地で拾った石を取り出して、テーブルの上に置いた。
「これは、なんだろうな」
そう呟いて指でつつくと、それはコトンと音を立てて傾いた。
『世界の怪奇現象ファイル』を本棚に仕舞い、読み疲れた目頭を手の平の腹で抑え
ながらベッドに横になる。

その夜、私は母親を殺す夢を見た。
おわり

626 三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:33:33 ID:lK8rj6z40
小学校2年生の教室で、図工の時間に『あなたの家族を描いてね』という課題
が出た。
みんなお喋りをしながら色鉛筆で画用紙いっぱいに絵を描いた。
原っぱにお父さんとお母さんと女の子がニコニコ笑いながら並んでいる絵。
スベリ台のようなものに乗って遊んでいる子ども二人を、お父さんとお母さん
が見ている絵。
お父さんとお母さんだけではなく、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に並んで
いる絵。
飼っている猫や犬も一緒に描いている子が多かった。
その年代の子どもはペットも家族の一員という認識が強いのだろう。
授業が終わり、描きあがった作品をひとつひとつ見ていた先生は、ふと、ある
子が描いた絵に首を傾げた。
それはクラスでも大人しい、目立たない男の子が描いたもので、見た目には何色
もの色鉛筆をふんだんに使い、賑やかで楽しい絵になっている。
けれどそこには奇妙な違和感があった。
画用紙には家族がテーブルらしきものを囲んで座っている絵が描かれている。食
事どきの団欒の風景だろうか。
みんなこちらがわを向いているのだが、その構成がどこかおかしい。
左からお父さんらしい眼鏡を掛けた大人と、お母さんらしいパーマ頭の大人、そ
して男の子が一人。さらに右端にはもう一人の大人がいる。
みんな笑っていて、口の中は赤い色で豪快に塗られているのに、右端の大人だけ
は口を閉じたまま、無表情で座っている。目は糸のように細い。
大人だということは身体の大きさで分かる。
クラスの子どもたちはみんな、子どもである自分と大人をはっきり大きさで区別
している。



627 三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:36:41 ID:lK8rj6z40
その右端の無表情の大人は、年齢はよくわからないが、皺を表す線がまったくな
いので少なくとも老人ではないようだった。
三人の大人と一人の子ども。
……
それはどこか人を不安な気持ちにさせる絵だった。
先生はその男の子の家族構成を思い出す。
団地のアパートの一室に住んでいる一家で、お父さんとお母さんとその一人息子
の三人家族だったはず。
ではこの三人目の大人はいったい誰なのだろう。
最近親戚でも遊びに来ていたのだろうか?
そう思って、先生はこびり付くような気持ちの悪さを振り払う。
気を取り直して次の絵をめくる。
けれど、頭の片隅ではその三人目の大人がどうして笑っている家族の中で一人だ
け無表情に描かれているのだろうと、考えずにはいられなかった。
――2週間が過ぎた。
その日は参観日で、教室の後ろにズラリと並ぶ着飾った大人たちに子どもたちは
気もそぞろ。いつもは張り切って悪さをする子もその時ばかりはカチンコチンに
緊張して大人しくなってしまっている。
先生は授業の終わりに、「このあいだの図工の時間にみんな家族の絵を描いたよ
ね」と言った。
きゃあ、という子どもたちの歓声。
そして先生は授業参観をしている父兄たちの後ろを手で示し、「後ろの壁に貼っ
ているのがその絵です」と言った。
父兄たちは一斉に振り返り、我が子の作品を見ようと絵の下に貼られた名前を頼
りに探し始める。


628 三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:40:27 ID:lK8rj6z40
そしてお母さんたちは「いやぁ」と口々に言って、大げさな身振りで恥ずかしがる。
お父さんたちは静かに苦笑をする。
子どもたちはてんでに騒ぎ始めて大はしゃぎ。
そんな光景を微笑ましく眺めていた先生は、父兄たちに話しかけようと教壇を降
りて歩き始める。
その瞬間、つんざくような悲鳴が上った。
悲鳴は教室中に響き渡り、大人も子どもも息を呑んで動きを止める。
その声の主は、壁の隅の絵を見ていたパーマ頭の女性だった。
先生が駆け寄ると、その女性は目を剥き指を鉤のように折り曲げて口元にあてた
まま叫び続けている。
その視線の先には、絵の中でテーブルの端に座る三人目の大人の無表情な顔があった。


「という怪談があってな」
と師匠は言った。
大学に入ったばかりの春のことだった。
彼は大学のサークルの先輩だったが、サークル活動とはまったく無関係に重度のオ
カルトマニアで、僕はその後ろをヨチヨチとついていく弟子というか子どものよう
な存在だった。
「ここはどこですか」
一応聞いてみたが、答えは薄々わかっていた。
僕たちは人気のない団地の、打ち捨てられて廃墟同然になっているアパートの一室
に忍び込んでいた。
僕たちがしゃがみ込む畳には土足の跡や、空き缶、何かが焦げた跡などがある。少
なくとも人が住まなくなって5年以上は経っている様子だった。


629 三人目の大人   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:43:36 ID:lK8rj6z40
師匠は言う。
「その三人目の大人を描いた子どもが、家族と住んでいた部屋だ」
実話なんですか。
そう聞くと、頷きながら「もともと巷の怪談として広まってるわけじゃなくて、個
人的なツテで収集した話だ」と言って、部屋を照らしていた懐中電灯を消した。
深夜の1時過ぎ。辺りは暗闇に覆われる。
どうして明かりを消すんだろうと思いながら、じわじわとした恐怖心が鎌首をもた
げてくる。
「怪談の意味はわかったよな」
と師匠らしき声が暗がりから聞こえる。
なんとなく、わかる。
母親が最後に悲鳴を上げるのは、その三人目の大人が、本来そこに描かれていては
おかしい人物だったからだ。
まったく心当たりのない人物ではない。そうならば「誰かしら」と首を捻るくらい
で、そこまで過剰な反応は起こさないだろう。
知っているのに、そこにいてはいけない人物。
それも死んでいなくなった家族などであれば、それを絵の中に描いた男の子の感性
に涙ぐみこそすれ、恐怖のあまり悲鳴を上げたりはしないだろう。
知ってはいるが、家族であったこともなく、しかもテーブルを囲んでいてはいけな
い人物。
暗い部屋に微かな月の光が滲むように射し込み、柱や壁や目の前に座っているはず
の師匠の輪郭をおぼろげに映し出している。
かつてテーブルが置かれていたであろう6畳の居間に僕は身を硬くして座っている。
闇の中に、青白い無表情の顔が浮かび上がりそうな気がして、どうしようもない寒
気に襲われる。


630 三人目の大人 ラスト  ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 20:45:38 ID:lK8rj6z40
師匠が、張り詰めた空気を震わせるように囁く。
「実は、気づいていないかも知れないが、この話を聞いた人間にもある影響が自然
 と及ぼされる」
ふーっ、という息を吐き出す音。
僕も息を吸って、吐く。
「話を聞いただけなのに、おまえは何故かもうその顔を想像している」
心臓が脈打ち、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
「大人と、聞いただけなのに、何故かおまえはその顔を、女ではなく、口を閉じた
 無表情の男の顔として想像してしまっている」
僕は耳を塞いだ。そして目を瞑る。頭が勝手に、虚空に浮かぶ顔を想像している。
どこからともなく声が聞こえてくる。

それがここにいてはいけない三人目の顔だよ
おわり

719 師匠コピペ1 sage 2008/07/12(土) 19:38:18 ID:cjpOxm/s0
807 名前:怪物 起「承」転結   ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2008/07/10(木) 20:54:08 ID:lK8rj6z40
怖い夢を見ていた気がする。
朝の光がやけに騒々しく感じる。
天井を見上げながら、両手を頭の上に挙げて伸びをする。自分が嫌な汗を掻いてい
ることに気づく。
掛け布団を跳ね除けて身体を起こす。
夢の残滓がまだ頭の中に残っている。
現実の眼は閉じられていたのに、視覚情報として記憶に刻み込まれた夢の光景。今
まで不思議だとは思わなかったのに、今日はそれが酷く奇妙なことに思えた。
  夢の中で私は、やけに暗い部屋に一人でいる。
  散らかった壁際に、じっと座ってなにかを待っている。
  やがて外から足音が聞こえて私は動き出す。玄関に立ち、ドアに耳をつけて息
  を殺す。
  足音が下から登ってくる。
  私はその足音が、母親のだと知っている。
  やがてその音がドアの前で止まる。ドンドンドンというドアを叩く振動。
  背伸びをして、チェーンを外す。
  そしてロックをカチリと捻る。
  ドアが開けられ、私はその向こうに立っている人間に話しかけることも、笑い
  かけることも、耳を傾けることもしなかった。
  ただ月だけがその背中越しに冴えている。
  そして血飛沫が舞って、私の視界を真っ赤に染める。
  世界がたったの一つの色になる。
  母親は崩れ落ち、もう呼吸をしなくなる……
「うああ」
ベッドのシーツを握り締めながら、思わずそんな声が出た。自分でも驚いた。それ
は恐怖心を身体の内側から逃がすための自己防衛本能だったのかも知れない。


720 師匠コピペ2 sage 2008/07/12(土) 19:39:00 ID:cjpOxm/s0
808 名前:怪物   ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2008/07/10(木) 20:58:40 ID:lK8rj6z40
すぐに冷静になる。
生々しい夢だった。母親とは最近衝突することが多いが、まさか殺してしまう夢を
見るなんて。
これが私の潜在意識の底にある願望なのだろうかと思うと、寒気がしてくる。この
間からずっと見ていた怖い夢は、この夢だったのだろうか?
壁のカレンダーを見る。
木曜日。今日も学校がある。憂鬱だ。
そのころになってようやく窓の外の音に気がついた。遠くで釘を打っているような
音。いや、ハンマーで杭を叩いている音か。どちらにしても耳障りだ。
イライラとしながら服に着替える。母親が起こしに来る前に。
今日もスズメの鳴き声は聞こえない。かわりの朝のリズムが、こんな不快な音だな
んて。
そのせいで、あんな夢を見たのだろうか。
そうだったら、まだいい。
その日の朝の食卓は、気まずかった。

学校へ向かう途中、私はどこで工事をしているのかと思い、音を頼りにキョロキョ
ロとしていたが出処は判然としなかった。やがてその耳障りな音も途絶える。
こんな平日の朝早くから迷惑だな。
その時はまだ、その程度に思っていただけだった。
遅刻寸前で教室に滑り込んだ直後のホームルーム中、先生が意外なことを言った。
「昨日は変な一日だったなぁ。新聞見たか。あれ、近所なんだよ」
石の雨のことだ。
そう思ったけれど、そのすぐ後に先生はボソリと言った。
「木がなあ……」


721 師匠コピペ3 sage 2008/07/12(土) 19:39:41 ID:cjpOxm/s0
809 名前:怪物   ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2008/07/10(木) 21:02:20 ID:lK8rj6z40
木?
首を傾げていると、さっさと話題を切り上げて先生は教室を出て行った。
1時間目が始まる前に出来るだけ情報収集する。いつもはあまりクラスメートと会
話をしない私だが、なりふり構っていられない気分だった。
すぐにさっき先生が言っていたのが昨日の夕刊ではなく、今日の朝刊だったことが
分かる。
しまった。読んでいなかった。母親に怒られてでも食べながら読めば良かった。
話を総合するに、どうやらこんなことがあったらしい。
昨日の夜9時過ぎ、市内の住宅地の道路沿いの並木が15メートルに渡って何者か
に掘り返され、根っこごと引っこ抜かれてその場に転がされているのを通りがかっ
た住民によって発見された。付近の住民によると、夜9時前には間違いなく並木は
いつも通り揃っていたらしい。わずか数十分で6本もの成木を土から引っこ抜くと
なると、重機でもなければ不可能だろう。それが、周辺住民の誰もそんな騒動に気
づかなかったというのだ。
いったい誰が? という疑問とともに、どうやって? という点も大きい。
そして何故?
けれど私がもっと驚いたのは次の休み時間だった。
チャイムが鳴った後、教室中で交換される情報に耳をそばだてていた私は、この街
で昨日起こったことが石の雨や、並木の事件だけではなかったことを知った。
市民図書館の本棚の一つから、収められていた本がいきなりすべて飛び出して床中
に散乱した事件。
天井からぶらさがったガソリンスタンドの給油ホースが風もないのに大揺れをして、
1時間近く給油できなかった事件。
アーケード内の大時計の短針と長針が何もしていないのにぐるぐると高速で回り続
けた事件。


722 師匠コピペ4 sage 2008/07/12(土) 19:40:20 ID:cjpOxm/s0
812 名前:怪物   ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2008/07/10(木) 21:07:57 ID:lK8rj6z40
駅前のビルが原因不明の停電に襲われ、その後フロアごとにでたらめな照明の点滅
を繰り返したという事件。
どれも不思議な出来事ばかりだ。
一つ一つを取ると「不思議だね」という言葉で終わってしまい、1ヶ月もすると忘
れられる程度の噂話なのかも知れない。けれどそのどれもが昨日のたった一日で起
こったのだと考えると、薄ら寒くなってくる。
3時間目の休み時間には私も自然な風を装って、クラスメートたちの噂話の輪に入
り込む。
そのグループでは情報通の親から仕入れたらしい噂を興奮気味に話す子が中心にな
っていた。
「そのコンビニが凄かったらしいよ。誰も触ってないのにアイスのボックスのカバ
 ーが開いたり、電気がいきなり消えたり、勝手にシフトが動いたり、なんにもし
 てないのに棚の雑誌がパラパラめくれたりしたらしいよ」
シフトは関係ないだろう、と思いながら聞いていたが、なんだか段々と内容が扇情
的になってきている気がする。どこまでが本当なのか分からない。
昼休みには、いつもよりゆっくりお弁当を食べながら複数のグループのお喋りに耳
を尖らせていた。
「あとさぁ。今日の朝、なんか変な音がしてたんだよね」
そんな言葉にピクリと反応する。
喋ったその子にお箸を向けて、別の子が「あ、あたしの近所も。どっかで朝っぱら
から工事してんのよ。騒音公害よね」と言った。
私の中にインスピレーションが走り、席を立つ。そして校内に一つだけある公衆電
話に早足で向かった。
電話の周囲にはほとんど人がいない。何故か分からないが、あまり目立ちたくなか
ったので好都合だ。
備え付けの電話帳で市役所の番号を探す。



723 師匠コピペ5 sage New! 2008/07/12(土) 19:41:58 ID:cjpOxm/s0
815 名前:怪物   ◆oJUBn2VTGE [ウニ] 投稿日:2008/07/10(木) 21:13:56 ID:lK8rj6z40
どこが担当なのか分からないので、代表番号に掛けて内容を告げる。内線でお繋ぎ
します、という言葉のあと、保留音をたっぷり聞かされてからようやく電話の相手
が出た。聞きたいことを単刀直入に話す。苛立ったような声が返ってきた。
「あのですね。今、市内でそんな公共工事はやっていません。じゃあ民間企業の騒
 音公害だって言われても、それがどこでやってるのかもわからないじゃ、注意の
 しようもないでしょう? 朝からなんなんですかいったい」
聞きもしないことまで返ってきた。そして電話は切られる。思わず時計を見るが、
12時を回っている。ということは、朝から、とは別の人からの電話のことらしい。
それも1件や2件ではなさそうだ。
分かったことは、市内の恐らく複数の場所で工事をするような音が聞こえていると
いうこと。しかもどこで行われているのか誰にも分からない工事が。
いったい、これはなんだ?
なにかが私たちの周囲で起こりつつあるのに、それがなんなのか未だに分からない。
ただすべてが見えない糸で繋がっていることだけは分かる。
鳴かないスズメ。思い出せない怖い夢。落ちてくる石。引き抜かれる並木。音だけ
の工事。街中で起こった奇妙な出来事。
表面の手触りに騙されてはいけない。本質から眼を逸らしてはいけない。
公衆電話の前で私の心は静かになっていった。
廊下へ向けて歩き出す。
あいつはいるだろうか。
会わなくてはいけない。そして聞かなくては。
すれ違う女子学生たちと、私は同じ服を着ている。彼女たちは教材を抱いている。も
たれるように笑いあっている。パンと牛乳を持って歩いている。私は教室へ急い
でいる。けれどそこには明らかな断絶がある。それは私自身が一方的に作ってしま
った断絶なのかも知れない。でもその断絶を心地よく感じている自分がいる。
同じ噂を聞いているのに、私だけは日常から足を踏み外している。


724 師匠コピペ6 sage New! 2008/07/12(土) 19:42:52 ID:cjpOxm/s0


816 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:16:38 ID:lK8rj6z40
探ろうとしているのだ。
次に起こることを。そしてどう備えるべきかを。
自嘲気味に笑った瞬間を廊下の向こうから来た女子に見られ、変な顔をされる。見
たことがある子だ。同じ1年生だろうか。また怖がられるな。
案外とウジウジしたことを考えている自分に気づき、軽く頬を張る。
その教室についた時、廊下側の窓際でお喋りをしている数人の女子がいた。
中の一人に遠目から話しかける。
「石川さん、あいつ、今日来てる?」
その子はこちらをチラリと見て人差し指を教室に向ける。私は「ありがとう」と言
って、教室のドアに手をかけた。
自分のクラスではないが、このところココへ来ることが増えつつある気がする。
教室の中はどこにでもあるようなざわざわとした空気が満ちていたが、明らかに異
質な雰囲気が隅の方の一角から漂っている。説明しがたいが、眼に見えない透明な
泡がその辺りを覆っているような感じがする。
このクラスの連中はみんなこれに気づいているのだろうか。
その泡の中心に氷で出来たような笑みを表情に張り付かせた短い髪の女が座ってい
る。
間崎京子という名前だ。
教室に入ってきた私に気づいたのか、周囲にいた数人の子に何事かを告げて席から
離れさせたようだ。
取り巻きができつつあるというのは本当らしい。この油断ならない女のどこにそん
な魅力があるのか分からない。
「聞きたいことがある。ちょっと出られるか」
なにか意地の悪い軽口でも出そうな気配だったが、意外にも彼女は頷いただけで立
ち上がった。



725 師匠コピペ7 sage New! 2008/07/12(土) 19:43:29 ID:cjpOxm/s0


817 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:19:18 ID:lK8rj6z40
そしてドアに向かうため踵を返そうとした私の顔の近くで、「やっとデートに誘っ
てくれたわね」と言う。
やっぱり出た。
ムカッとしながら、それを無視してさっさと教室から出る。私たちは非常口の外の
階段まで歩いた。
風が首筋を吹き抜け、空から夏の陽射しが降り注いでくる。他に人はいない。
「で」
間崎京子は手すりに身を寄せて地面を見下ろした後、顔をこちらに向ける。
「知っていることを全部話せ」
「……唐突ね」
さして驚いた様子もなく京子はニコリと笑う。
私はこの女と腹の探り合いをすることの面倒さを考慮して、こちらが知っているこ
とをすべて並べ立てた。
本を買って調べた『ファフロツキーズ』のことまで。
彼女はそれを面白そうに聞きながら、ワザとらしい動きで顎を右手の親指と人差し
指で挟む仕草をする。
「不思議ね」
「それだけか」
この何もかも見通しているような女が、街に起こりつつある異変を察知していない
はずはない。
「不思議ね、と言うだけで満足する人たちのようにはなれないのね。あなたは」
まるで100点を取った子どもを褒めるような口調だった。そうして京子は視線を
逸らし、遠くの街並みに目を向ける。
つられて私も初夏の陽射しを照り返して浮かび上がる建物の屋根やねに目を細める。
「たいしたことじゃないけど、『ファフロツキーズ』ってチャールズ・フォートの
 言い出した言葉じゃないわ。アイバン・T・サンダーソンの命名よ」



726 師匠コピペ8 sage New! 2008/07/12(土) 19:44:13 ID:cjpOxm/s0


818 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:20:51 ID:lK8rj6z40
京子は街を見下ろしたまま淡々と言った。
「チャールズ・フォートこそ、『ファフロツキーズ』という言葉に振り回された人
 間だったのかも知れない。空から落ちてきた物を、すべて一つの概念にまとめよ
 うというのがどれだけ無謀なことだったか、なんとなく分かるでしょう?」
前から思っていたが、こいつはなんでこんなに偉そうな物言いをするのだろう。
「あなたも一度その『ファフロツキーズ』という言葉を捨てて考えてみたらどうか
 しら」
その問いかけは単純な忠告なのか、それともこの異変の正体を知った上で私に与え
ているヒントなのか。
私は京子の横顔を睨みつける。
「もうすぐチャイムが鳴るね」
京子は手すりから手を離し、私に向き合った。
「クイズ」
「は?」
「クイズを出すからよく聞いてね」
相変わらず唐突だ。思考を読めない。
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何?」
「……人間」
「じゃあ、道行く人にその謎を出して答えられなかった人を食べちゃう怪物は?」
「スフィンクス」
「さすがね。では、そのスフィンクスとキマイラとの共通点は?」
キマイラというのはあれか。ライオンの頭と山羊の身体を持つ怪物のはずだ。片や
ライオンの胴体、片やライオンの頭部を持っている。それが共通点だろうか。
「じゃあ、それらとスキュラの共通点は?」
スキュラ? とっさに姿が浮かばなかったが、なんとか記憶を掘り返すとどうやら
上半身が女で下半身が犬という怪物だったような気がする。



727 師匠コピペ9 sage New! 2008/07/12(土) 19:45:04 ID:cjpOxm/s0


824 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:25:21 ID:lK8rj6z40
スフィンクス、キマイラ、スキュラの共通点。なんだろう。少し考える。
「……身体が2種類以上の生物で構成された化け物」
「なるほど。じゃあそこにケルベロスを加えると?」
ケルベロスは首が3つある地獄の門番だ。2種類以上の生物がくっついてはいなか
った気がする。
「分からない? じゃあヒュドラも加えてみて」
ヒュドラはヤマタノオロチみたいなやつだったはずだ。ケルベロスのように首が複
数ある。でもスフィンクスやキマイラは首が複数ではない。スキュラは下半身の犬
が何匹かに分かれていたようだが。
「分からないのね。じゃあこれが最後。オルトロスも加えて、すべての共通点を探
 してみてね」
チャイムが鳴った。
その音と同時に京子はスカートを翻し、手の平を振りながら立ち去ろうとした。
「待て。なにを知っている?」
掴もうとした手を、京子は避けなかった。けれどその手は空を切る。まただ。何故
だか分からないが、この女には暴力的な力が通じない。私の意識下に、『それをし
ては負けだ』という強迫観念が働いているのだろうか。
「クソッ」
苛立つ私を冷ややかな目で見つめ、京子は軽く会釈をしてから非常口を出て行った。
怪物たちの共通点だと?
次から次に宿題が増えていく。
がんっ
ドアを蹴る音が思ったより大きく響いた。

その日の放課後。





730 師匠コピペ9 sage New! 2008/07/12(土) 20:10:47 ID:cjpOxm/s0


827 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:27:52 ID:lK8rj6z40
私は市内の図書館に足を運んだ。始めはどこかでおかしなことが起きてはいないか
と街なかを散策していたが、なにも起きるような気配はないし、そもそも目星もな
く歩き回るのは無駄な労力だと思い至ったのだ。
かわりに、間崎京子が出した謎の答えを探りたかった。答えを見つけたとしても、
なんの意味もないのかも知れないが、要は白旗をあっさりと揚げるにも私のささや
かな自尊心がそれを許してくれないのだった。
図書館に着くと私は必要な資料を片っ端から書棚から引き抜いて来て、テーブル席
に陣を張る。
まず私はオルトロスという怪物を調べた。
こいつだけよく知らない名前だったからだ。
資料によるとオルトロスはケルベロスの弟で、首の二つある犬の姿をしているらし
い。兄は三つ首。弟は二つ首か。その下の弟がいれば首は一つだろうか、と考える。
首が一つの犬だとしたら、それではただの犬だな。
苦笑して図鑑を閉じる。
犬か。スキュラの下半身も犬だったな。
そう思いながら、別の本を開く。スキュラは上半身が女性で、下半身に6体の犬が
生えている挿絵つきで説明されている。
近くにあったヒュドラについての図説も確認した後、ケルベロスの項を開く。
ケルベロスは3つ首の魔犬と紹介されているが、竜の尾を持っているとも書いてあ
った。
なんだ、ケルベロスも2種類以上の生物で構成された合成獣としての要素を持って
いるじゃないか。
いや、しかしヒュドラにはそんな記述はない。
別の本を何冊か開いたが、やはりヒュドラは多頭の蛇という以外に別の生物の要素
を持ってはないようだ。
分からない。共通点はなんだ?




731 師匠コピペ10 sage New! 2008/07/12(土) 20:11:27 ID:cjpOxm/s0

828 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:30:08 ID:lK8rj6z40
イライラして机をトントンと指先で叩く。向かいの席で参考書を所狭しと広げてい
る学生が睨みつけてくる。反射的に睨み返すと学生は驚いた様子であっさりと目を
逸らす。
勝った。
少し気を良くしてスフィンクスに関する本の頁を開く。
ピラミッドのそばに鎮座している、王の顔にライオンの身体という見慣れた姿では
なく、女性の顔と胸、そしてライオンの胴体に鷲の翼を生やした怪物の挿絵が目に
入った。
(おや?)と思って詳しく説明を読むが、ギリシャ神話に出てくるスフィンクスは
こういうものらしい。例の4本2本3本と移り変わる足の謎かけは、このスフィン
クスがオイディプスに対して問いかけたというエピソードに基づくようだ。
なんとなく子どものころからのイメージで、砂漠を旅する人にあの石でできたスフ
ィンクスが謎かけを挑んで来るように思っていたが、違ったらしい。
そう考えると、おぼろげながら共通点が見えた気がする。
スフィンクス、キマイラ、スキュラ、ヒュドラ、ケルベロス、オルトロスと、すべ
てギリシャ神話に登場することになるのだ。
だがそんな大雑把な共通点が分かったところで、焦点がぼけすぎてなにも見えてこ
ない。
もう一度それぞれの説明を読み返す。
いくつか同じ固有名詞が出てきている。同じ英雄に倒されたのかとも思ったが、ヘ
ラクレスが3匹ほどやっつけているものの、あとは別の英雄の仕事だった。
しかしすぐに別の固有名詞が重複して出てくることに気づく。
『ケルベロスはテュポーンとエキドナの子である』
『キマイラはテュポンとエキドナの娘であり、ペガサスを駆るベレロポンに退治さ
 れた』
……etc.
どれも巨人テュポンと下半身が蛇の女の怪物エキドナが作った子どもたちばかりな
のだ。スキュラをその両者の子とするのは異説のようだが、確かにそんな解説をす
る本もあった。だが、スフィンクスの解説で手が止まる。


732 師匠コピペ11 sage New! 2008/07/12(土) 20:12:08 ID:cjpOxm/s0


832 怪物   ◆oJUBn2VTGE ウニ 2008/07/10(木) 21:33:15 ID:lK8rj6z40
スフィンクスはテュポンとエキドナの娘とする説もあるが、エキドナが我が子オル
トロスとの間に作った娘であるとする説の方が一般的なようだ。
私は本を閉じ、背中を反らせて図書館の高い天井を見上げた。
そこから導き出される共通点は、こうだ。
『6体の怪物はすべて、エキドナから生まれた』
これが答えだろう、間崎京子。
紙をめくる乾いた音が周囲から響いている。深いもやがかかっていた頭が、ほんの
少しだけクリアになった気がする。
「共通点を探してみてね」とあの時あいつは言った。
そしてその謎掛けの答えからあの女のメッセージが浮かび上がってくる。氷細工の
ような顔の口元がイメージの中で滑らかに動き、私をそれを読み取る。
『エキドナを探せ』
溜息をついた。なんて回りくどいんだ。
あの女に次会った時にはなんとかして殴ってみよう、と思った。
その時、静かだった館内にちょっとした騒ぎが起こった。
立ち上がって駆け寄ると、私がさっきまで本を漁ってた書棚から、大量の本が落下
して床にぶちまけられている。
近くにいたらしいパーマ頭のおばさんが狼狽して、自分じゃない、としきりに訴え
ている。
係りの人間が飛んで来て、本を拾い始めた。
その人の「いい加減にしてくださいよ」という、誰にぶつけていいのか分からない
ようなうんざりした声を、私は確かに耳にした。
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